大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成4年(オ)87号 判決

上告人

朝銀東京信用組合

右代表者代表理事

鄭京生

右訴訟代理人弁護士

野口敬二郎

被上告人

宇佐美ちか

真通さだ

板戸直子

真通真平

駒木根イツ子

三浦マサ子

吉田あさ子

真通幸子

真通幸夫

真通勝代

真通利男

右法定代理人後見人

荒川實

右一一名訴訟代理人弁護士

大石德男

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人野口敬二郎の上告理由第一点の一について

無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合において、無権代理行為を追認する権利は、その性質上相続人全員に不可分的に帰属するところ、無権代理行為の追認は、本人に対して効力を生じていなかった法律行為を本人に対する関係において有効なものにするという効果を生じさせるものであるから、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではないと解すべきである。そうすると、他の共同相続人全員が無権代理行為の追認をしている場合に無権代理人が追認を拒絶することは信義則上許されないとしても、他の共同相続人全員の追認がない限り、無権代理行為は、無権代理人の相続分に相当する部分においても、当然に有効となるものではない。

以上と同旨の見地に立って、被上告人真通真平が無権代理人としてした本件譲渡担保設定行為の本人である真通平吉が死亡し、被上告人真通真平が他の共同相続人と共に平吉の相続人となったとしても、右無権代理行為が当然に有効になるものではないとした原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は事案を異にし、本件に適切でない。論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定に沿わない事実に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官三好達の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官三好達の反対意見は、次のとおりである。

私は、多数意見と異なり、原判決を破棄すべきものと考えるので、以下その理由を述べる。

一無権代理人が本人を単独相続した場合においては、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解するのが相当であるとされている(最高裁昭和三九年(オ)第一二六七号同四〇年六月一八日第二小法廷判決・民集一九巻四号九八六頁)。これは、大審院以来裁判実務が一貫して採用し、また理論付けにおいて異なるところがあるにしても、その結論は、学説の大方の支持も得てきていたところである。しかし、本来追認という行為によってのみ有効となるべき無権代理行為につき、本人の死亡により開始した相続の効果だけから、本人又は相続人による何らの行為なくして、これを有効なものとするには、理論的に困難な点があることは否定できないのであって、この結論を導く理論付けについて判例、学説等が必ずしも一致していないのもその故である。それにもかかわらず、そのような法理が採られてきている根底にあるものは、自ら無権代理行為をした者が本人を相続した場合に、本人の資格において追認を拒み、その行為の効果が自己に帰属するのを回避するのは、身勝手に過ぎるという素朴な衡平感覚であるといえよう。してみれば、右法理は、次のように理論付けるのが相当である。すなわち、本人を相続した無権代理人が、自らした無権代理行為につき、相手方からその行為の効果を主張された場合に、本人を保護するために設けられた追認拒絶権を本人の資格において行使して、追認を拒むことは、信義則に違背し、許されないといわなければならず、このように無権代理人において追認を拒み得ない以上、相手方は、追認の事実を主張立証することなくして、無権代理人たる相続人に対しその行為の効果を主張することができることとなり、結局相続人は、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位におかれる結果となる(最高裁昭和三五年(オ)第三号同三七年四月二〇日第二小法廷判決・民集一六巻四号九五五頁参照)。

二これまで、この法理が採られてきたのは、本人の相続人が無権代理人のみである場合、あるいは無権代理人が共同相続人の一人であるが、他の共同相続人の相続放棄により単独で本人を相続した場合についてであるが、無権代理人が他の相続人と共に共同相続をした場合においても、相手方から、その相続分に相当する限度において、無権代理行為の効果を主張されたときには、同様に考えるのが相当である。けだし、その行為の効果が自己に帰属するのを回避するため、その追認を拒むことが信義則に違背することは、唯一の相続人であったときと同様であるのみならず、他の共同相続人が追認しておらず、又は拒絶した事実を自己の利益のために主張することもまた、自ら無権代理行為をした者としては、同じく信義則に違背するものとして、許されないというべきであるからである。そうしてみると、無権代理人は、相手方から、自己の相続分に相当する限度において、その行為の効果を主張された場合には、共同相続人全員の追認がないことを主張して、その効果を否定することは信義則上許されず、このように無権代理人において追認がないことを主張し得ない以上、相手方は、追認の事実を主張立証することなくして、無権代理人たる相続人に対して、その相続分に相当する限度において、その行為の効果を主張することができることとなり、無権代理人たる相続人は、右の限度において本人が自ら法律行為をしたと同様な法律上の地位におかれる結果となるというべきである。

多数意見は、無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合は、共同相続人全員において追認をしなければ、無権代理行為が有効となることはないとするが、この点は私も肯認するところである。私の意見も、共同相続人全員の追認がない場合に、無権代理行為それ自体が、たとえ無権代理人の相続分に相当する限度においても、当然に有効となるとするものではなく、ただ、信義則適用の効果として、相手方は、右の限度においては、追認の事実を主張立証することなくして、無権代理人たる相続人に対しその行為の効果を主張することができることとなるというのである。

三付言するに、私の意見は、二に述べたように、無権代理行為それ自体がその相続分に相当する限度において有効となると説くものではない。したがって、これを有効とすることに伴う難点が生ずることはなく、それを理由とする批判は当たらないといえる。すなわち、部分的に有効とすることに伴う難点は、部分的有効は相手方に不利益をもたらし、かえってその保護に欠けるというものであるが、私の意見は、無権代理人が相手方からその相続分に相当する限度で無権代理行為の効果を主張された場合には、追認がないことを理由として、これを否定することはできないとするものであるにすぎないから、相手方において、民法一一五条の取消権を行使し、あるいは同法一一七条により無権代理人の責任を追及するという法的手段を採ることを妨げるものでないことはいうまでもなく、相手方に対し何ら不利益をもたらすことはないのである。

なお、このように、相続分に相当する限度において、相手方に対して無権代理行為の効果を否定することができないとすることは、特定物の取引行為等に関しては、相手方と他の相続人その他関係人との法律関係を複雑にするとの批判があり得よう。しかし、相手方は、右の限度での無権代理行為の効果を主張した以上、たとえその結果複雑な法律関係を生じても、それは自らの選択によるものといわなければならないし、他の相続人その他の当該特定物に法律関係を有する者に及ぼす影響としては、共同相続人の一人が、相続財産たる物件につき、自己の相続分と共に、他の共同相続人の相続分についてもその無権代理人として、他と取引をした場合、あるいは当該物件につきその相続分の限度において他と取引をした場合に生ずる法律関係の複雑さと径庭はないといえるから、他の相続人その他においては、これを甘受せざるを得ないというべきである。

四原審は、被上告人真通真平が無権代理人としてした本件譲渡担保設定行為の本人である真通平吉が死亡し、被上告人真通真平が他の共同相続人と共に平吉の相続人となったとしても、右無権代理行為が当然に有効になるものではないとし、本件譲渡担保設定契約の成否について確定しないまま、被上告人らの請求を認容すべきものとしたが、右契約が成立していたならば、被上告人真通真平の相続分の限度においては、被上告人らの本訴請求は棄却されるべきものであり、この部分の請求を認容した原判決はこの限度で破棄を免れない。そこで、本件譲渡担保設定契約の成否について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。

(裁判長裁判官大堀誠一 裁判官橋元四郎平 裁判官味村治 裁判官小野幹雄 裁判官三好達)

上告代理人野口敬二郎の上告理由

第一点 原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈を誤った違法が存在し且つ、大審院ならびに最高裁判所が前にした裁判に反する意見が存在する。即ち、原判決には

一 民法第一一七条及び相続財産の共有の性質に関し、法令の解釈を誤った違法と、大審院ならびに最高裁判所の判例に反する意見を判示した違法が存在する。即ち

原判決は、判決理由第二第一土地関係(上告人ケイ・ワイ通商、上告人桑名及び上告人組合関係)第四項抗弁1(三)において、本人の地位の相続と無権代理行為の効力について検討する。として、その第二号で「しかしながら、本件譲渡担保契約が被控訴人真平の無権代理行為であるとしても、被控訴人真平は、他の被控訴人らと共同で平吉を相続したものであるから、被控訴人真平が単独でした右無権代理行為が平吉の死亡により当然に有効になるものでないと解される(なお、相続により被控訴人真平が取得する共同持分の限度で有効になると考えることも相当でない。共同相続の場合、無権代理行為を追認するか、追認を拒絶するかの権利は相続人全員の準共有に属するが、この権利は、共有持分の割合に応じて分割して行使できる性質のものとはいい難く、民法二六四条、二五一条により相続人全員の同意に基づき一つの権利として行使されるべきものと解するのが相当であり、かつ、無権代理人以外の共同相続人の立場を考慮すると、そのように行使するべきものとすることが信義則に反するともいえない。また、無権代理行為を相続持分に応じて分割しその一部を無効とすることは、他の共同相続人の利益を損なうおそれがあるうえ、法律関係を複雑にする。これらのことを考えあわせると、共同相続人の一部に無権代理人がいる場合に、相続によって当然に、無権代理人の共有持分に限り無権代理行為が有効になると解すべきではない。)。と判示しているが、右判決は

(一) 民法第一一七条の解釈に関し、無権代理人が本人を相続した場合

1 本人と代理人との資格が同一人に帰した以上、本人自ら法律行為をしたのと同様の法律上の地位を生じたと解すべきであること

2 自己の有しない権利を処分した者が、その後右処分した権利を取得して、処分者たる地位と権利者たる地位とが同一人に帰した場合に、非権利者の当該処分行為が完全な効力を生ずるのと同様に解すべきこと

3 無権代理人が、本人たる資格に基づき追認を拒絶できるとするのは、無権代理行為の相手方を徒に不利益な地位に陥れる結果を生じ許されない

ことから、無権代理行為は相続とともに当該有効となると解すべきであるにもかかわらず、原判決は前記のように判示しているのであるから、原判決には民法第一一七条の解釈を誤った違法が存在し、この違法が原判決に影響を及ぼしていることは明らかである。

(二) 相続財産の共有の性質に関し、「共同相続の場合、無権代理行為を追認するか、追認を拒絶するかの権利は相続人全員の準共有に属するが、この権利は、共有持分の割合に応じて分割して行使できる性質のものとはいい難く」と判示して、相続財産の共有を目して合有と解しているが、民法上は、遺産全体を一団のものと見てその上に共有が成立するという観念は認められないので、相続財産の共有は、民法第二四九条以下に規定する「共有」と性質を同じくするものと解し、無権代理人が共同相続人の一人である場合には、無権代理人の持分の範囲において本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解すべきであるのに、前記のように判示したのであるから、原判決には相続財産の共有に関する法令の解釈を誤った違法が存在し、この違法が原判決に影響を及ぼしていることは明らかである。

(三) 民法第一一七条の解釈に関して、大審院昭和二年三月二二日判決(集六巻一〇六頁)、大審院昭和九年九月一〇日判決(集一三巻一七七七頁)、大審院昭和一〇年一二月二八日判決(裁判例九巻民三六〇頁)、大審院昭和一三年一一月一六日判決(集一七巻二二一六頁)、大審院昭和一七年二月二五日判決(集二一巻一六四頁)、最高裁判所第二小法廷昭和三七年四月二〇日判決(集一六巻九五五頁)、最高裁判所第二小法廷昭和四〇年六月一八日判決(集一九巻九八六頁)に反する意見を判示しているのである。

(四) 相続財産の共有の性質に関し、最高裁判所第三小法廷昭和三〇年五月三一日判決(集九巻七九三頁)に反する意見を判示しているのである。

二 〈以下省略〉

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